新はどうして素直になれなかったのか 『ありがとう(第2シリーズ)』の感想

2016/7/5 火曜日 - 0:15:10 タグ:

虎先生が新を特別扱いしているのは明らかでした。
新だけ名前呼び、困ったときにはすぐに手を貸す、なにかと食べ物をあげる、慰安旅行で留守番と知るや「天竜市なんか行きたくない」と言い出す、「すぐに帰るからな」と亭主気取り。
水戸さんの罠にかかったり、縁談が降ってきたりと横やりもありましたが、虎先生なりに回避しようとしてました。とくに縁談のときには兄夫婦の内情まで新に暴露しています。見合いなんかしたくない、でも断ったら兄夫婦が離婚しそうだと。
それなのに新の返事は「見合いすればいいじゃないですか」
素直じゃないにもほどがある。

新はどうして素直じゃないのか。
本人の性格と言ってしまえば身も蓋もありませんが、大きな原因はこれだと思うんです。

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「お母ちゃんも言ってました。『なまじ望みをかけると、あとで悲しい思いをするだけだ』って」

お母ちゃんが新にこの台詞を明確に言った場面はありません。
逆説的にいえば、場面をつくるまでもなく、日常的に新に言い聞かせてきたかもしれないのです。
もしかしたら5才のとき虎先生の部屋で遊んで西瓜の種をとってもらって、仕事の話を終えたお母ちゃんに機嫌良く報告したかもしれません。それに対してお母ちゃんは「(勤め先の)お坊ちゃんなんだから、馴れ馴れしい態度をとるんじゃないよ」と釘を刺したかもしれない。
物心つくかつかないかの頃から身分違いと吹き込まれていたら……。しかし虎先生は構わず近づいてくる。新も自然に恋心をいだいても、どうせダメだと吹き込まれている、でも好きな気持ちは捨てられない。性格がひん曲がりそうです。

お母ちゃんは新が片親であること(十七子も片親だし、千葉姉弟と相沢三兄弟は両親がいないのに)に非常な負い目を感じ、虎先生とは身分違いだと卑屈になっています。
親としてそう思うのは勝手です。でもそれを子どもに押しつけるのはどうなんだろう。
新が失恋するのを見ていられなくて鳥取に引っ越そうとしたこともありましたね。娘が傷つく姿を見てられなかったのでしょう。
でも、それってどうなんだろう。

子どもが悲しい思いをしないように、傷つかないように、親が先回りすることが子どものためになるだろうか。
子どもが傷ついたときに、悲しい思いをしたときに、それを受け止めて一緒に泣いてあげるのが親ではないだろうか。
もちろん傷ついた子どもを見るのはしんどい。しんどいけど、一緒に傷ついて一緒に乗り越えてあげるものなんじゃないかなあ。
 
 
『なまじ望みをかけると、あとで悲しい思いをするだけだ』
まるで呪いです。
新はこの呪いに縛られていたのだと思います。

新にかけられた呪いを解いてくれたのは虎先生でした。

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「新くん、君に悲しい思いなんか絶対させないよ。それだけは安心していいんだよ」

どんなときもケンカのときも新の言葉を遮らなかった虎先生が、新が言い終わる前に「新くん」と言葉を被せてきたのはこれが最初で最後のはず。

虎先生の言葉通り、このさき新が虎先生との関係において悲しい思いをすることはありませんでした。
(結婚準備のすったもんだはありましたけどね)


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